矯正的挺出(エクストルージョン)とは
矯正的挺出(orthodontic extrusion/エクストルージョン)とは、歯を骨の外側=口腔内方向へゆっくり引き上げる矯正処置です。主に「深い位置まで破折・虫歯が及んだ歯」や「歯肉縁下カリエス」「フェルール不足」などで、通常の被せ物が安定しないケースに対し、歯根を温存しつつ、歯冠長の確保・生物学的幅径の回復を目的として行います。外科的歯冠延長術(CLP)に比べ、隣在歯や歯周組織への侵襲が少ない計画が立てられる点が特徴です。
こんな場合に検討します
- 歯肉縁下まで進行した虫歯で、支台形成時にフェルール(Ferrule)高が不足する
- 歯冠破折・根面う蝕でマージン設定が困難
- 外科的歯冠延長では隣在歯の付着喪失やブラックトライアングルが懸念される
- インプラントは避け、できる限り天然歯を温存したい
- 矯正力により歯周組織の付着を伴って歯を移動させ、支持組織を整えたい
矯正的挺出のメリット・デメリット
メリット | デメリット / リスク |
---|---|
・歯肉縁下病変でもマージンを健全部に設定しやすい ・外科的骨切除量を抑え、隣在歯の付着喪失を回避しやすい ・適切な保定により長期安定が期待できる(個人差あり) ・歯の保存によりインプラントやブリッジの回避に繋がる場合がある |
・治療期間を要する(数週〜数か月) ・装置装着に伴う違和感・軽度の疼痛 ・歯根吸収、歯肉退縮、歯の弛緩動揺のリスク ・再沈下(リラプス)の可能性があるため保定が必須 ・歯根形態や裂溝、根管治療の難度が増す場合がある |
なぜ「引き上げる」と条件が整うのか
弱く持続的な矯正力を歯軸方向に加えると、歯周靭帯の改造が起こり、歯は口腔内方向へ移動します。適切にコントロールすると、歯槽骨や歯肉も付随的に追従するため、深い位置にあったカリエスや破折線を歯肉縁上へと露出させ、健全なフェルールとマージン設定が可能になります。機械的挺出(rapid)と生物学的挺出(slow)がありますが、生物学的挺出(ゆっくり)は付着の移動を伴いやすく、審美的・歯周的に有利です。
装置と方法
1. ブラケット・ワイヤー法
問題歯と隣在歯にブラケットを装着し、エラスティックチェーン等で牽引。力の方向・量をコントロールしやすく、角度や回転の補正も可能です。
2. 仮歯・フック併用の簡便法
歯冠が低い場合は支台築造(ポスト)+フックを仮装着し、係留源(近遠心の複数歯)からエラスティックで牽引します。補綴前提の単独歯挺出で選択されます。
3. 一時的アンカースクリュー(TAD)併用
歯列の影響を受けにくい確実な固定源が必要な際にTADを使用します。アンカレッジロスの最小化、歯軸のコントロールに有利です。
4. アライナーとの併用
全顎矯正と並行する場合、アタッチメント+補助エラスティックで挺出を補助します。単独歯ではワイヤー法に比して力の制御が難しいため適応選択が重要です。
治療の流れ
- 診査・診断:X線/CBCT、歯周検査、咬合評価、破折ライン/根長/根尖病変の有無を確認。
- 前処置:必要に応じて根管治療、仮封、う蝕除去、歯周基本治療。
- 装置装着・牽引開始:週当たりの移動量は概ね0.5〜1.0mm/月を目安に緩徐に。
- 到達後の保定:3〜8週間程度、位置を安定化(骨改造の固定)。必要に応じて絞扼(fiberotomy)で再沈下予防。
- 補綴処置:フェルール高・生物学的幅径を確認し、最終形成→印象→補綴装着。
- メインテナンス:清掃指導、咬合チェック、定期リコール。
期間・通院頻度の目安
症例や移動量によりますが、挺出〜保定でおおむね2〜4か月前後、補綴工程を含めると3〜6か月程度が目安です。通院は2〜4週ごとの調整が一般的です(個人差あり)。
外科的歯冠延長術(CLP)との比較
項目 | 矯正的挺出 | 外科的歯冠延長術(CLP) |
---|---|---|
周囲組織への影響 | 付着組織が追従しやすく審美的に有利 | 骨切除で隣在歯の付着減少・ブラックトライアングルの懸念 |
治療期間 | 数週〜数か月要する | 比較的短期間で完了 |
適応 | 根長が十分・歯根破折線が歯頸部付近の単独歯など | 歯周形態の大幅な再設計が必要なケース |
審美性 | 歯間乳頭の温存が期待できる | 歯間乳頭消失・歯頸ラインの不整のリスク |
よくある副作用・合併症と注意点
- 疼痛・圧痛:牽引開始〜数日、鎮痛薬で軽快することが多い
- 歯根吸収・歯肉退縮:過度な力・急速挺出でリスク上昇
- ブラックトライアングル:歯間乳頭が追従しない場合に生じることがある
- 再沈下(リラプス):十分な保定期間と必要に応じたfiberotomyで低減
- 装置破損・脱離:粘着性食品の回避、速やかな再装着が重要
日常生活でのポイント
- 装置装着中は粘着性・硬い食品を控える
- フロス・歯間ブラシ・ウォーターフロッサーで清掃徹底
- 喫煙は治癒遅延や炎症増悪の要因。禁煙にご協力ください
- 痛みが強い/違和感が続く/脱離した場合は速やかにご連絡ください
費用の目安・お支払い
矯正的挺出は自由診療(保険適用外)となることが一般的です。
例)挺出処置・装置費・保定・補綴前処置を含め◯◯万円〜◯◯万円(税込)
※診断・装置種類・移動量・補綴内容により変動します。
当院では各種お支払い方法(現金・クレジットカード・デンタルローン等)をご用意しています。
医療費控除の対象となる場合があります。領収書の保管をお願いいたします。
治療の可否判定と他治療との併用
根長・根尖病変・歯根破折の有無・歯周支持組織の状態によっては、挺出よりも外科的歯冠延長術や抜歯+インプラント/ブリッジが適することがあります。
また、根管治療(マイクロスコープ)や歯周外科との併用計画で予知性が高まるケースもあります。包括的に検討し、複数案をご提案します。
Q&A(よくある質問)
Q1. どのくらい歯を引き上げられますか?
A. 目標は1〜3mm程度が多く、症例により最大量は異なります。過度な挺出は歯根吸収や審美的変化のリスクがあるため、安全域での計画を優先します。
Q2. 痛みはありますか?
A. 開始数日に軽度の痛み・浮いた感じが出ることがありますが、多くは数日で軽快します。鎮痛薬の頓用で対応可能です。
Q3. 歯肉や骨も一緒に上がるのですか?
A. 生物学的挺出(緩徐挺出)では歯周組織が追従することがあり、マージンを健全部に設定しやすくなります。症例によってはfiberotomyなどで軟組織の位置を調整します。
Q4. リラプスを防ぐには?
A. 十分な保定期間、必要に応じた繊維切除(fiberotomy)、適切な補綴設計が重要です。定期管理で安定化を図ります。
Q5. すべての歯で可能ですか?
A. 根長不足・根尖病変の大きいケース・重度歯周病・垂直性破折などでは適応外となることがあります。精密検査のうえで可否判定を行います。
Q6. 補綴の見た目は自然になりますか?
A. 歯肉縁上にフェルールとマージンを確保しやすくなるため、適合と審美の両立が期待できます。歯肉退縮の予防と歯頸ラインの調和にも配慮します。
当院の方針
- 精密診断:CBCT・マイクロ・写真記録にもとづくリスク評価
- 低侵襲:過度な力を避け、生物学的挺出を基本に安全域で運用
- チーム治療:保存/補綴/歯周/矯正の連携プロトコル
- インフォームド・コンセント:複数案の提示と費用・期間・リスクの透明化
医療広告ガイドラインに準拠した表記
・本ページの内容は一般的説明であり、効果や治療期間には個人差があります。
・矯正学的挺出は多くのケースで自由診療です。費用は症例により異なります。
・副作用・合併症:疼痛、装置トラブル、歯根吸収、歯肉退縮、再沈下など。
・具体的な適応可否は、精密検査後の診断に基づきます。